2010年3月21日 (日)

本気で生きてみる

こんにちはルナプシュケのスミヨです。

先日、美容室で本をペラペラとめくっていると

こんな言葉が目に入ってきました。

一生懸命するのではなく、本気でする。

私の中では、一生懸命も本気も同じようなニュアンスだったので

初めに読んだときに、どういう意味なのか悩みました。

でもよく考えてみると

一生懸命するというのは、命を懸けるという意味で

本気とは、本当の気持ち、真剣な気持ちを表します。

一生懸命に生きる     本気で生きる

一生懸命に愛する     本気で愛する

一生懸命は自分の意思や心に従っていなくてもできることです。

しかし本気で物事をするには、自分が納得し本当の心でしようと思わないとできません。

何かのために一生懸命にやり続け

ふと気付くと

疲れきっていたり

自分を見失っていたり、自分がわからなくなった経験はありませんか?

わたしは昔からどちらかというと一生懸命が好きなほうなので

自分を見失ったり、わからなくなったことが幾度とあります。

しかし、本気というのは

いつでも自分は本当の気持ちで物事をすることができるので

自分を見失うことはないと思います。

一生懸命すること自体はとても素晴らしいことと思いますし

一生懸命生きている方は大好きです。

しかし

もっと自分を大切に、人生を輝かすためにも

そろそろ一生懸命を本気に変えてみてはどうでしょうか?

そうすれば

あなたからでるパワーの源が変わってくることでしょう。

とても有名な詩人の相田みつをさんが「本気」についてこう語っています。

なんでもいいからさ 

本気になってごらん

本気でやればたのしいから

本気でやればつかれないから

つかれても 

つかれがさわやかだから

『いのちのバトン』 角川文庫刊より

お読み頂きありがとうございます。

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2010年2月22日 (月)

心が乾いた時は・・・

こんにちは、ルナプシュケのスミヨです。

今日は、H22.2.22 のぞろ目の日ですね。

無意識で11:11 22:22 を見ることができると運気が上がっている時だと

昔、聞いたことがあります。

やはりデジタルで見るのが良いと思いますが

もし皆さんも『 ゾロ目タイム 』を見たときには、運の上昇を味わってみて下さい。

さて、今回はそんな運気上昇を助けてくれるような生活に取り入れたい習慣

素敵なティータイムのお話です。  

わたしの好きな童話作家にターシャ・テューダーさんがいます。  

彼女はアメリカのバーモント州の山奥に約300万坪の敷地の庭を持ち、

その巨大な庭で、大好きなガーデニグをして

四季折々の植物の変化を楽しみながら、自分の人生を謳歌していました。

そんな彼女の生き方は多くの方に感動を与えました。

そんな彼女の習慣の一つが午後のティータイムです。

彼女はこの午後のお茶の時間は、なにがあっても欠かさないそうです。

特に忙しい時のティータイムは、リラックスしてとてもいいそうです

朝ごはん、昼ごはん、晩御飯はお腹を満たすための要素が多いですが

ティータイムはあってもなくでもいいのですが

その分、リラックスする時間であり、楽しみな時間でもあります。

美味しい食べ物と美味しいお茶で、心を満たす時間が毎日あれば

きっとあなたの毎日も輝きだし、運気も上昇していくことでしょう。

そんな価値ある時間を過ごすためにも

カップやお皿、そしてお茶やおやつにも思考をこらしてみましょう。

いろんなお店に行って、お気に入りの食器を買ってみたり

少し遠くまで美味しいよと噂のケーキを買ってきてみたり

居心地のいいカフェや喫茶店を見つけるのもお勧めです。

少し面倒な感じもしますが・・・

ターシャさんはこのように云っています。

「 価値ある良いことは、時間も手間もかかるもの 」

最近は自分の心を満たす方法がわからないといわれる方が多いですが

そういった方は、自分のために時間や手間をかけていない方が多いと思います。

そして、自分のために時間と手間をかけることが

どれほど幸せで、満たされることなのかを忘れてしまったのか

もしくは経験したことがないのかもしれませんね。

忙しい時、また自分が満たされていないと感じるのであれば

一度、手間と時間をかけて、

自分のために最高のティータイムを演出してみてはいかがでしょうか?

そしてもうひとつ大切なのは

きっちりと時間を決めてティータイムを楽しむことです。

掃除をしながら・・・ゲームをしながら・・・テレビを見ながら

だらだらを2~3時間かけていては台無しです。

30分~1時間ほどで気分を入れ替えましょう。

きっとその後の仕事も、夕飯の支度も効率が上がってくると思いますよ。

最後に

わたしがたまに一人でいくお茶屋さんに

こんな言葉が額に入っています。

「 喉が乾けば水を飲み、心が乾けばお茶を飲む 」

忙しい方には、毎日とはいかないかもしれませんが・・・

心が乾いた時にはぜひティータイムをとってみて下さい。

きっと心が満たされていくことと思います。

お読みいただきありがとうございました。

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2009年11月17日 (火)

生きている実感

こんにちは、ルナプシュケのスミヨです。

日記を書いているのは、雨降りの新月です。

新月は、初めの一歩。

生まれ変わり、再生するスタートと云われています。

私たちが産声を上げて生まれてきたときから、

私たちは生きています。

この「生きている」ということを皆さんはどのように感じていますか?

呼吸をして、心臓が動いているので 生きている と知識では思いますが

本当の意味での、生きている実感を感じている方もいれば

感じられずに毎日を過ごしている方もいることかと思います。

どうせ生きているのならば、生きている実感を持って生きていきたいように思いますが

どうすれば実感できるのか・・・わたしはなかなかわからなかったときに

ある本の言葉を知って、少し実感することができました。

すべての人に対して

〈 生かす 〉とうい気持ちで接していくと

状況が変わります。

その人の才能を生かす

性格を生かす

良いところをほめて、引き出してあげる

こうすることは

その人だけでなく

あなたの良いところを

引き出すことにもつながります。

・・・・・・・・・・・・・・

人を生かすことは

自分自身を生かすことなのです。

~夢を叶えるエンジェルノート~中森じゅあんより

少し間を省略していますが

皆さんは、自分に対しても人に対しても

そのほかにも

環境や状況などを「 生かそう 」 と考えたこと ありますか??

わたしは、長くそういったことに意識を持っていなかったのですが

この言葉に出会って、生きること とはただ生きるだけではないのだと思いました。

生きることとは「 生かす 」ことで、本当の生きること

つまり

生きている実感になるのだと思います。

自分を生かすにはどうすればいいのだろう?

  

あの人の個性を生かすには?

この状況を生かしていけないかな?

いかすには、生かすと活かす(能力を発揮する)の二つの漢字がありますが

ご紹介した本には「活かす」の意味も「生かす」で表現されています。

そこにはきっと

今ある自分、そして自分の周りの人々、状況や環境の

力を発揮させてこそ、命を感じて生きるということ

そういう意味が込められている感じがします。

私たちの体は約60兆ほどの様々な機能を持つ細胞でできています。

それぞれの細胞は自分の持っている力を充分に発揮しながら

毎日休むことなく働いてあなたという1つの命を生かしてくれています。 

そのこと自体、本当に素晴らしいことです。

その細胞たちが自分の力を生かして生きているように

自分自身を自分の持っている力を充分に発揮して生きていき

そして

自分以外の命も活かして生きていくことがができれば

本当の意味で

生きていること を深く実感できるのではないでしょうか?

「 生かす 」とは難しく考える必要はなく

正すことではなく

変わることでもなく

ご紹介した本に書いたあったように

生かすとは、良いところを引き出してあげることです。

それが生かすということです。

すべてのものは生かされます

辛かった経験も、悲しかった記憶も

今のあなたを生かすものになれば、それは大きな力になることでしょう。

自分のこと。まわりの人々、そして環境や状況

そして出会いやチャンスなど

あなたのまわりのすべてに対して

良いところを褒め、そして引き出していく

〈 生かす 〉とうい気持ちで接してみてはいかがでしょうか?

生きている実感が心から湧き出し

あなたの人生そのものがより生かされていくように思います。

生かすことで、あなたの人生がより輝きますように願っています。

お読みいただきありがとうございました。

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2009年4月28日 (火)

自分の存在価値

こんにちは、スミヨです。

4月25日は、牡牛座の新月でした。

わたしは星のことはよくわかりませんが・・・

星座の場所と新月には深い関係があるらしく

牡牛座の新月には 「 自分の存在価値を確立する 」というテーマがあるそうです。

自分の存在価値??

皆さんは、自分の存在価値をどんなことで確立していますか?

・仕事において

・家族にとって

・愛する人からの愛情

自分の存在価値 = 他の評価  と考えると

自分の存在価値をまわりの人や他に焦点がいってしまいます。

確かに、人の笑顔や評価が高いと嬉しいですし、自分の価値が上がったように感じます。

しかし、反対にその評価が下がったり、その評価が信じなれなくなると

自分の存在価値がなくなってしまいます。

自分の存在価値を他に求めすぎると、自分自身を失ってしまうこともあります。

それでは、どうやって自分の存在価値を確立すればいいのでしょうか?

存在価値のことを考えた時に、わたしがふと思い出したお話があります。

小学校の時に学んで、時折思い出すお話

 「 清兵衛と瓢箪 」という志賀直哉の作品です。

簡単にお話すると

清兵衛という少年は瓢箪が大好きで、いつも大切にしていました。

その姿をみて、よく父親に反対され、小言を云われていました。

ある日、清兵衛は自分好みの最高の瓢箪を見つけました。

それから、清兵衛は学校でも家でもその瓢箪を磨いていました。

そうしていると、授業中に瓢箪を磨いていて先生に見つかってしまい怒られて瓢箪を没収されました。

そのことで家では父親に激怒され、

持っているすべての瓢箪を壊されてしまったのです。清兵衛は青ざめてしまいました。

さて、没収された瓢箪ですが

先生が小使いに捨てるように渡しました。

その小使いが何気なく骨董屋に持っていくと予想外にかなり高い値で売れ、

またその骨董屋がお金持ちの人に売った時には今でいう数百万円の価値があったそうです。

でもそのことは、親も先生も、本人も知らぬままです。

そして・・清兵衛は今度は絵を描くことに興味を持ち始めました。

また父親の小言がはじまります。

( 終わり )

多少違う部分もあるかもしれませんが、だいたいこのようなお話です。

興味のある人は、一度読んでみて下さい。

このお話は、大人の価値観で子供の能力を消してしまってはいけない!!

などという解釈だったように思います。

しかし子供の時のわたしは、そんな解釈ができるほど大人ではなく

わたしも父や先生の気持ちのほうが理解でき・・・清兵衛の行動が理解できませんでした。

しかし人から見ると、一見つまらないことでも

清兵衛は瓢箪を磨くのが、楽しくて幸せで仕方がなかったのです。

そんな清兵衛を子供ながらにわたしはとても羨ましく思いました。

高い瓢箪であろうとなかろうと、まわりや他の評価ではなく

自分が好きと想い、本当に楽しくて夢中になって何かをすること。

そんな人は傍から見ていても魅力的に感じられることもありますが

もっとも幸せなのは、夢中になっているその人自身です。

自分の信じたこと、自分の好きこと、夢中になれること

それを磨いていくことが、自分の存在価値を高め、輝かしていくように思います。

こんなこと好きで笑われるかな? こんなことしても意味ないな~

など常識や他の評価で

自分自身の好きだと思う気持ちややりたいことを否定するのは

自分自身の能力を否定し、自分自身の存在価値をなくしてしまいます。

否定するよりもその気持ちを大切にピカピカに磨いてみて下さい。

あなたの心の満足こそ、あなたを輝かせ、存在価値を確立させる大きな力になることでしょう。

最後にもう一つ、この清兵衛と瓢箪の話を思い出すと浮かんでくる

有名な方の言葉があります。

日本人なら誰でも知っている ドラえもんが云った言葉です。

「 どんなに勉強ができなくても

  どんなにケンカが弱くても

  どこかに君の宝石があるはずだよ

  その宝石を磨いて 磨いて

  魂をピカピカに 魅せてよ  」

自分の信じたこと、自分の好きこと、夢中になれること

その宝石を磨いていくと

あなた自身の心も魂もピカピカに輝き、いつか周りの人までも魅せるような存在へとつながっていくことでしょう。

そしてなにより、あなたの心が満たされることと思います。

そんな心満たされたあなたの輝いた笑顔を私も魅たいです。

お読み頂きありがとうございました。

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2009年3月10日 (火)

幸福に生きる三カ条

こんにちは、スミヨです。

         Kokoro_senmon_2 

      今回はまず報告から

      このたび三楽舎から発行されました

      こちらの本にフラワーエッセンスによるメンタルケアで 

      参加させて頂きました。

「 もういやだ!この疲れた心を休め、蘇らせてくれる 心の専門家50人 」

アマゾンでも買えるようなので、良かったら一読下さいね。

さて今回のお話

先日本屋さんで、松下幸之助さんの

「不況克服の心得十カ条」という本が週刊の一位になっていました。

松下幸之助さんといえば、様々な名言がたくさんありますね。

そんな中に、幸福に生きる三カ条という名言があります。

幸福に生きる3カ条

・過去を肯定する

・現在を前向きに生きる

・未来に夢をもつ

幸福に生きるには、過去、現在、未来の考え方が大切なようです。

そして同じ松下幸之助さんが、過去、現在、未来についてお話している名言がもう一つあるんです。

それは

どんなに悔いても過去は変わらない

どれほど心配したとろこで未来はどうなるものでもない

いま、現在に最善を尽くすことである。

この二つは同じように過去、現在、未来について話しているのですが、ニュアンスが違います。

同じ人が話していますが、きっと話す人や環境が違っていたのだと思います。

幸福に生きる三カ条だけを目指して素直に明日からスタートできればいいのですが

過去を肯定する前には、まず過去は変わらない。

もう終わったことなのだとみとめないと肯定することは難しいかと思います。

未来も明るく夢を見れるといいですが、

いくら夢をみても心配で押しつぶされてしまっては意味がありません。

幸福に生きる三カ条の前には、心配や心傷など自分のマイナスな部分を手放し

今と向き合うことが先なのかもしれません。

前向きに、夢をみて明るく生きていくことは、

辛い時、疲れている時はは高すぎる山を登るようでなかなか一歩が出ません。

そんな時は、無理に前向きになろうと思うよりも

とりあえず過去にも未来にもとらわれず、

いまの自分にできる最善を尽くしてみてはどうでしょうか?

そうしていくと、いつの間には景色が変わり

高く、高く感じていた山も、登れるような気持ちになれるかもしれません。

気づけばきっと、幸福に生きる道へと近づいていることでしょう。

お読み頂きありがとうございます。

        

 

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2008年12月13日 (土)

病気も治す人生をステキに生きる方法 クーエ メソッド

こんにちはスミヨです。

2008年もあと少しとなりました。今日は2008年最後の満月です。

そんなわけで今年最後の日記を書こうと思います。

昨年の日記に

来年は今年の教訓をいかして、動と静をうまく使い分けられる人になりたいなと書いているのを思い出し

振り返ってみると・・・

今年は動と静というよりも心の大掃除の一年でした。

昨年の自分には、なぜいつも走り続けていた自分が止まってしまったのかが

よくわかりませんでしたが、今の自分はこう思います。

人生を生きていく上でマイルール、というかマイマニュアルがみんなあると思います。

わたしにも、もちろんあって、朝は元気にあいさつする。など基本的なことから

人間関係はこうやって作っていく。これだけは譲れない!こんな人になってはいけない!

いつもこうしていたい。など自分の人生経験から作られていて、無意識にそれに従って生きていたように思います。

でもこの数年、このマイマニュアルどおりに生きていることに歪みが出てきていたように思います。

中学生の校則は中学生にとって有効で、高校生や大学生には通用しないように

年齢や環境など成長によって自分の考えやルールって変化していくのだと思います。

このマイマニュアルは今までの人生で努力したり失敗を経験した中で

作った宝物だったので、

それを認められずに留まっていたように思います。

簡単にいうと、自分の人生に対する固定概念に縛られて、前に進めなくなっていたように思います。

いくら自分にとっては良い概念だったとしても、

自分の成長や環境によっては変化していく必要がある時がくるのだと思います。

そういう時は、自分に違和感があるだけでなく、

自分の環境も変わらないといけない状況になったりするんですね。

この考えだと、ここまでですよ!と心の奥の自分に云われているような感じです。

それでも自分のルールを貫くか、前に進むために変化するかを選ぶかは自由ですが

年齢を重ねていくと固定概念を捨てるのはけっこう大変なことですね。

今年のほとんどは、変化というよりも今までの概念を捨てることで精いっぱいでした。

でもどんどん概念が減っていくと浄化されるように、心も体も楽になってきました。

その時、その時はHAPPYに生きていたつもりだったんですが

概念を捨てていくと、こんなにも自分を苦しめていんだっと気付かされたりします。

自分の考えを大掃除して、本当に今の自分に必要なのかどうか?

本当は常にすべきなのですが・・・わたしは貯めに溜めていたようです(^_^;)

今年は大掃除の一年でした。

皆様にとっては、どんな一年でしたか?

来年は再生する年にしたいです。

今までのことも、新しい変化も、今までの目で見るのではなく

、今の自分の目で感じていけるようにしたいです。

わたしの話が長くなりましたが・・・

年最後のお話は催眠療法の第一人者、エミール・クーエさんのお話です。

クーエさんは、もともとは薬剤師だったのですが、

患者さんに薬を渡し、様々な経験をしていく内に

病人が薬で治るのは、「この薬が効く」という念を一緒に服用するからだ。

ということに辿りつき、自己暗示による独自の精神療法(クエ・メソッド)により

リューマチ、喘息、がんなど様々な患者さんを治した実績を持っています。

その治療法はいたってシンプルです。

ある言葉を一日数回言ってもらうだけです。

Day by day, in every way, I am getting better and better

毎日 あらゆる点で わたしはどんどん良くなっていきます。

これだけです。

シンプルですが、本当につらい時にこの言葉を発するのは難しかしい人もいたと思いますが、

毎日続けることで、難病と言われていた人も元気になっていった例も多いそうです。

言葉の力って、心の力ってすごいですね。

この言葉は病気の時だけでなく、人生を好転するためなど、様々な場合にも使われています。

普段使う言葉が、わたしたちの人生を作り、わたしたちの人生を変えていきます。

良い言葉を使って、素敵な人生を作っていきたいものですね。

毎日 あらゆる点で わたしはどんどん良くなっていきます。

毎日 あらゆる点で あなたはどんどん良くなっていきます。

そう言葉にするだけで、人生がさらにステキなものに変化していけたらすばらしいですね。

皆様にとって、2009年が良い年になりますように

お読み頂きありがとうございました。

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2008年7月 5日 (土)

日さえ照っていれば

お久しぶりです。スミヨです。

皆さんは詩とかポエムとか興味がありますか?

わたしはどちらかというとよくわかならい派なのですが、大好きな詩があります。

その詩を紹介したいと思います。

その詩との出会いは・・・・少々暗くなりますが

わたしが大学を目指し浪人生だった時です。

その時のわたしはヒドい腰痛に悩まされ、坐骨神経痛で足を引きずり

自律神経失調症で毎晩熱が出て、朝は貧血で起きれず・・・

痛みを我慢するだけの毎日が悲しくて、なぜ生きてるのかの意味もわかりませんでした。

体も動かず、何の役にもたたない自分の存在する意味もわからなくなっていました。

そんなある日、用事で出かけた時に厚生年金の目の前にある公園で一休みしました。(新町北公園)

その公園には石碑があって、そこにこの詩が書かれていました。

胸が暖かくなって、ずっと無くしていた大切なものが見つかったような気持ちになりました。

その時、あまりに感動して持っていたノートにメモ書きしました。

何もない庭

日がかげれば

何もない庭はさびしい

日さえ照ってゐれば

万朶(ばんだ)の花のにほふ心地がする

百田宗冶

公園に立っていた自分の心と体を日の光が暖かく包み込んでくれた気がしました。

今でも自分に自信がなくなったり、自分が見えなくなったり、不安な時には

この詩が頭に浮かびます。

お読み頂きありがとうございました。              スミヨ

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2007年12月12日 (水)

力を抜いていきてみよう

2007年も終わりに近づいてきました。

どんな一年でしたか??

2007年、わたしにとっては新たな年でした。

東京にセミナーに行ったりアクティブに過ごしていたように思いますが、気持ちとしては静の一年でした。

今までは前向きにどんどん進んでいくものだ~!!と宙に浮きながら生きてましたが・・・(^_^;)

気持ちが落ち着いて、動きのない感じでした。

今は動く時ではなく、ゆっくりするときなんだ。

人はいつもいつも前向きに進むだけではなく、休むことも生きるってことなのだと教えられた気がします。

今振り返ると納得できますが・・・

実際はずっと動いていた人が止まるのは難しく、止まっていることに不安を感じてジタバタしてみたり、怠けているように感じたりとうまく休めなかった気がします。

静を楽しめる人こそが動を上手にできるような気がします。

来年は今年の教訓をいかして、動と静をうまく使い分けられる人になりたいなと思います。

わたしのお話はさておき・・・最近知ったお話を今年最後に紹介したいと思います。

マンガでお馴染みの一休さんのお話です。

一休さんは実在する人物だったそうで、偉い和尚様だったようですね。

その一休和尚が臨終の時に

「仏教が滅びるか、大徳寺が潰れるかというような一大事が生じたら、この箱を開けなさい。」と遺言を述べて、一つの箱を渡したそうです。

その遺言を守り、弟子たちは多少の問題が持ち上がっても自分たちで解決し、決して箱を開けることはなかったそうです。

しかし長い年月を経たとき、大徳寺に大問題が起こりました。

自分たちではどうにもできないと落胆し、ついに遺言状の入った箱を開きました。

すると

その箱の中に入っていたのは一枚の紙でした。

そこに書かれていたのは・・・・

「なるようになる。心配するな。」

弟子一同の心は緊張と不安でいっぱいでしたが、この言葉で肩の力が抜け、難問を解決することができたそうです。

さすが問題解決・頓智の師匠「あわてない。あわてない。一休み・一休み。」の一休さんですね★

問題が起きると不安に襲われて緊張し、つい深刻になってしまいます。

力んでいては、良い考えは浮かびません。

力を抜いて問題に取り組めば、必ず道は開けると一休さんは伝えたかったのかもしれません・・・

「なるようになる。心配するな。」と力を抜いて道を開けていきましょう。

2008年が皆様にとって、幸多き一年になりますようにお祈り申しあげます。

お読み頂きありがとうございました。

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2007年7月 7日 (土)

コトバとココロ

この言葉を読んで、どのように感じられますか?

変えられるものを変える勇気

変えられないものを受け止める謙虚さ

そして、それを見分ける知恵をえられますように・・・

先日お話した 「ふれあい療法」 春秋社 の最後に書かれていた言葉です。

当時のわたしはこの言葉がとても心に響きました。

しかしこの言葉の意味はよくわかりませんでした

当時のわたしは、いつも変わりたい。変わりたい。今の自分ではダメだな・・・と思っていました。

だから変われないものを認めることは、自分が変われないような気がしたため、変えられないものがあることを認めるのに抵抗を感じていました。

その時は、ただ変われると信じて進むしかなかったような気がします。

例えていうなら・・・当時のわたしは

地球をすぐにキレイにしよう。でもすぐには無理!そう思うことがイヤでした。

数年ぶりにこの本を読んで、またこの言葉で心が響きました。

でもあの時とはまた違っていました。

今回は、変えられないものは受け止めよう。

そうすれば、そこから変化が始まるような気がしました。

地球をすぐにキレイにしよう。でもそれはすぐには無理。だから今自分ができることを見つけてがんばろう。そうすれば、きっと変わってくるはず・・・

そんな気持ちの変化が出ていました。

同じ言葉でも月日が経ち、自分が変化していくと感じ方も変わるのですね。

変えられるものを変える勇気

変えられないものを受け止める謙虚さ

そして、それを見分ける知恵をえられますように・・・

この言葉を読んだ今はどう感じるのか? 読んだ後少しこの言葉を感じてみて下さいね。

わたしも数年後にまたこの言葉を読んだとき、自分がどう感じるのかが楽しみです。

お読みいただきありがとうございました。            スミヨ

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2007年6月 6日 (水)

ふれあい

先日、そうじをしていたら、懐かしい本が出てきました。

その本は10年ほど前・・・

当時、わたしは鍼灸の学校に通っていました。

自分の病気の時に鍼灸で助けられたから、鍼灸師になるといえばちょっとカッコイー?感じがするかもしれませんが。

治療の世界のことなど知らないド素人!!

学校に入ったはいいけど、人の触り方もわからない!病気の名前も知らない!解剖の知識もない!

授業を受けてもチンプンカンプン(?_?) 鍼を打つのもこわい!

自信がもてなくて、この道に入って良かったのかな?何を軸にがんばればいいのかもわからなくなっていました

そんな時に出会ったのがこの本 「ふれあい療法」 春秋社 でした。

治療は体に触れることから始まります。そのことの意味がわかれば何か変わるのかな?と単純に思い読み始めましたが、

この本を読み終わった時、これからなにを大切にすればいいのかがわかった気がしました。

この本はさまざまなふれあいについてのエピソードを交えながら、ふれあいの大切さやふれあいの仕方を教えてくれます。ふれあいは身体的なHUGやタッチングだけでく、言葉や態度など心のふれあいも含まれています。

読んでいるだけで、心が温かくなる話が多いのですが、中でも一番わたしの好きなお話がありますので簡単に紹介します。

ニューヨークのある病院に年齢は三歳なのに、身長と体重は1歳半ほどにしか成長していないナンシーという女の子が連れて来られました。

三ヶ月の治療をしてもあまり変化がなく、不審に思った医師が看護士に尋ねると

入院後、一度も両親が会いに来ていない。そしてこれからも会いにこれないということがわかりました。

そこで医師はナンシーに欠けていた心のケアをするアイデアを思いつきました。

ナンシーのベッドを病院の一番人通りの多い廊下に置き、そこにメッセージを添えました。

わたしの名前はナンシーです。そばを通る方で時間のある方は私を抱きしめ、頬ずりをしてください。そして‘ナンシー’と呼んでください。時間の足りない方は、せめて立ち止まって‘ナンシー’と呼びかけてください。本当に時間がなくて急いでいる方は、走りながら微笑みを投げかけてください。

これに応えて、通りがかりの医師、看護士をはじめ、職員や外来の人々が協力し、その結果、三ヵ月後にナンシーの体重と身長は標準に達したそうです。

抱きしめてあげる。触れてあげる。名前を呼ぶだけでもいい。微笑むだけでもいい。

自分にできるちょっとしたふれあいが集まれば、こんな素敵な奇跡を起こすこともあるのです。

久しぶりに読んでみて、改めてふれあいの大切さと、たくさんの人々とふれあえる毎日に感謝します。

日々の生活の中で自分にできるふれあいを大切にしていくと、素敵な奇跡が起きるかもしれませんね。

お読み頂きありがとうございます。

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